身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

批判とクレームは成長の種

投稿日:

このブログを書き始めて約1年半近くになります。

本当に自分の思うこを勝手気ままに、その時々の気持ちを思うがままに
書きつづってきました。

この記事を読んだ読者から猛烈な批判とお叱りの言葉の嵐のようになったときもありました。

僕も人間だから、そんなときは恐ろしく落ち込んでしまいます。

あまり責められると自暴自棄になってしまいます。

でもそれを乗り越えると新しく成長した自分がそこにいます。

いつの間にか相手の批判を真摯に受け止ることができているようになり、

考え方を変えなければいけないと反省します。

人間にとって批判は成長の種だと思います。

もちろんそれは、批判を真摯に受け止めることができるようになることが、
前提ですが、、、、、

企業でも同じだと思います。

会社をやっていたころに理不尽と思えるようなクレームはいくらでもありました。

当初は、
「機そんなのお客様やクライアントのわがままだ!」

「理不尽な要求をするクライアント」

などと思い憤慨していても、後から、中にはこちらの対応の仕方も確かに悪かったかも
と思えるようになってきたりします。そうすると次からは同じようなクレームを出さないように、
知恵を出し工夫します。
そして理不尽なクレームをもらったお客様に、(内心腹が立っていても)丁寧に誠意ある対応をすれば、

逆に今まで以上に信頼関係が構築できるということがよくありました。

たとえ本当に悪意のある理不尽なクレームであっても、
次からはそれを避ける為の術が身につくものです

それはそれで成長なのだと思います。

人間、お互い批判やクレームを受けると憤慨してしまうのが人情というもの。

人情として一時的に怒ってしまうのは仕方がない。

でも後からでも良いから、それを素直に真摯に受け止め、自分の成長の糧とできるかどうかが、

今後の自分の成長につながるか道どうかの分かれ道なのだろう

そんな意味でも批判やクレームを受けることを恐れて黙っていてはいけない。

批判やクレームを恐れて、自分の意見を言わない事の方を怖れなければならないのではないだろうか。

だから僕は今後も誤解を怖れず、自分の思ったことをどんどん書いていきたいと思います。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間について

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