身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

自分に自信がなくなったとき・・

投稿日:

自分自身に自信がなくなってしまったとき

自分の能力に限界を感じてしまったとき・・

どうやってそんな精神状態から脱却すればよいのだろう。

僕はやっぱり根拠のない希望を持つことだと思う。

不安だって根拠がない。

自分に自信がないというとき、ほとんどの人は

自分は明日生きていると考えているのではないだろうか

これって、

明日、自分が生きているという自信に他ならないのではないか。

自信をを持っているではないか。

何の根拠のない自信を・・

皆、持っているのだ・・

だから生きていけるのだ。

じゃあ自身喪失状態に陥ったとき「根拠のない希望」をどうやって持てば良いのか。

僕はこう思う。

それって「意欲」だと・・

「こうなりたい」

とか

「何が何でもこの苦境から脱却してやる!」

という「意欲」ではないかと思う。

「意欲」こそが生きる知恵とアイデアの源泉ではないか

自分の身体能力やその他の能力に自信がなくなったとき

自分の「意欲」に自信を持てばではないかと思う。

誰にも負けない「意欲」・・

人の「意欲」こそが希望ではないかと思う。

だからこそ希望は世の中に存在するのではなく、

人の心の中に存在(芽生える)ものだと思う。

逆説的に考えると苦境だからこそ、希望の光が心の中に輝いてくるのではないかと思う。

「この苦境を脱したい」という意欲

「この不自由な身体を元に戻したい」という意欲

そんなものが人間の「希望」というものではないかと思う。

そしてその「意欲」の源泉となるのが人とのつながりであり、「絆」というものではないか

「この人を守りたい」

「この人の恩に報いたい」

「この人と幸せになりたい」

そんな心が「意欲」の源泉になるのではないだろうか

それさえあればどんな苦境でも乗り越えることができると思う。

自分に能力がなければ人に教えを乞えば良い。

その人が教えてくれなければ、また他の人に教えを乞えば良い。

自分にできないことであれば、できる人に頼めば良い

頼んだことをやってくれる人に感謝の気持ちを忘れずに・・

そして人の教えに謙虚に耳を傾け、自分にできないことを

やってくれる人に対して感謝の意を持ち続ければ、

おのずと道は開けて来るのではないか。

「意欲」さえあれば自分に能力がなくても方法はいくらでもある。

僕はそう信じている。

だから、僕は自分の能力に自信を失いそうになったとき、

既に障害者の僕は身体能力は全く自信がないけれど、

決して優れた人間ではないけれど、

「意欲」だけは誰にも負けないという自信を持つように心がけている。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間について

執筆者:

関連記事

no image

自分で自分をあきらめない

障害者になってしまあってからもう3年半・・ 最近の僕は心の奥のどこかで回復を諦めているような気がする この不自由な身体を「受け入れて」生きようなんて・・ 「障害受容」できた証拠と喜んで良いだろうか 「 …

no image

ここにきて気持ちの落ち込みが激しい

どうにも気持ちの落ち込みが酷い・・ 今頃である・・ もう3年半も経っいるのに・・ 障害者であることが・・ これまで相当突っ張ってきた 行動も暴走してきたように思う とにかく何かに集中し、夢中になって …

no image

楽しめることを楽しもう!

これからの人生、体は不自由だけれど、今の身体で楽しめることを楽しもうと決めた。 できなくなったことはたくさんあるけれど、 よく考えればこの身体でも楽しめることもあるじゃないか。 できなくなったことをで …

no image

道を知っている事と、実際に道を歩く事は違う

道を知っている事と実際に歩く事は違う 頭で理解できる事に何の価値も無い このふたつの言葉は僕が大切にしていた言葉だ そして今でも大切にしている。 5年前脳出血により左半身不随となってしまったとき 僕は …

no image

あの世なんて存在しない方が良い 死後は無になった方か良いとかんじている

なぜ僕は死後にあの世なんて存在せずに、無になった方が絶対に楽だと考えているのかについてもう一度書いてみますあの世という世界を考えたのは人間は自分が死んだとき、自分の「意識」までも消滅するとは考えにくい …