身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

本当の強さ、強い心とは

投稿日:

僕がいちばん大切にしている言葉は、あのマハトマガンジーの有名な言葉

このブログの冒頭にも書いてある以下の言葉です

弱い者ほど相手を許すことができない、許すということは強さの証だ

この言葉を僕は最も大切にしています。

僕は脳出血で半身不随になってからというもの

僕を襲った脳出血という病が許せない。

と感じていたころもある。

僕が障害者になってからというもの、

(このブログの記事にはほとんど書いていませんが)

僕の周りでは僕の病気が原因で様々な(僕にとって)許しがたいことがたくさん起こりました。

僕の心の中が怒りと憎悪でいっぱいになったこともたくさんありました。

そのせいで涙に明け暮れた日々もありました。

でもそれは、今考えると僕の「弱さ」でしかなかったのだと思っています。

人間は「攻撃」することよりも「許す」ことの方が

ずっとずっと精神的エネルギーを必要とすると思う。

相手を攻撃したりに憎んだりする方が実は「許す」ことよりずっと楽なのだと思う。

だから「許すことができる」人間は強いのだと思う。

「相手を許す」ということは、

決して相手を認めたり、受け入れたわけではない。相手に屈したわけではない。

「許せないと思える相手の行為」に対して自分が動揺しないことではないかと思う。

「許す」という行為で相手に魂を投げ打つことではないかと思う。

それが「許す」ということではないだろうか。

その「許す」という行為(心の動き)

そこからが本当に強い自分が生まれるのではないかと思っている。

許す心を持つことは「自分は強いのだ」と思うようにしている。

だから自分を襲ったこの病や障害も「許す」ように心がけようと思う。

そうすればきっと乗り越えることができると思うから。。

そんな「許せないこと」を考えているよりも

自分のも持った志のことを考えている方がずっと心が前向きになり

知恵とアイディアも沸き、物事がきっとうまく進むと思う。

だから僕は「許す」・・・

そしてどう考えても悔しくて許し難いことを許すとき、

「弱い者ほど許せない、許すということは強さの証だ」と唱えるようにしている。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間について

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