身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間の生き方

生きる意味って

投稿日:

僕は障害者になってからというもの、

人間の(自分の)「生きる意味」についてさんざん考えさせられてきた

「生きる意味」というと難しくなる。

「あなたの生きる意味は何ですか」という問いに明確に答えられる人は少ないだろう

もっと平易な言い方をすると「生きる楽しみ」とでも言えばよいだろうと思う

僕は半身不随になって、健常者の頃の自分の「生きる楽しみ」をほとんど失ったと言って良いと思う

好きなスキューバダイビングもできなくなった・・

多少は体力があった方なのでジョギングやらテニスやらスポーツ好きだったが

「スポーツ」という名の言うものは二度とできなくなったと言って良いと思う

もちろん仕事にもやりがいがあり、好きだった

これも取り上げられた

それだけでなく、普通の旅行さえもできなくなった

なぜなら・・半身不随のでろくに歩けない僕は「移動」ということが苦痛以外の何ものでもないからだ

だから

旅行やツアーに関する広告は見るのもイヤになった

京都神社仏閣散策の旅?

散策?・・散策とは歩くことだ

杖を付きながら、痛みを堪えてせいぜい100m歩く事が精一杯な僕にとっては苦痛以外の何物でもない

そんなこんなで
想像を絶するほどの「楽しみ」が奪い取られてしまった

これからの僕の生きる意味(楽しみとか生きがい)何だろう

と感じ、これから生きる意味が分からなくなった時期がある

何を楽しみに生きていけばよいのだろうって感じであった。

生きる意味・・

その昔、あのチベットダライ・ラマに「人間が生きる意味は何ですか」

と問いかけたときあのダライ・ラマでさえこう言ったそうだ

「私にも生きる意味はまだ分からない、

でもひとつだけ確かなことは我々には生きる権利があるということだ」

と言ったそうだ

生きる権利。。か

中共に迫害を受け続けているチベットのひとだから「生きる権利」という言葉が出たのだろう

でも僕は今、明確に自分の、そして人間の「生きる意味」について即答できる

生きる事」とは他の人間と繋がりを持つこと・・
だから人間と繋がりを持たなけば人間は生きる意味がなくなる

と即答する

なぜなら、

生きているからこそ、他の人間との会話ができる

生きているからこそ、他の人間とコミュニケーションができる

生きているからこそ、いっしょに笑うことができる、

いやいきているからこそ喧嘩もできるのだ

人とつながっていることが生きている証

逆にに言うと、

人との繋がりが切れるときが「死」である

上述したような一般的な人間ができる生きる楽しみを失った僕は

この4年間、

必死の思いで生きる意味(楽しみにできるものがないか)

探し続け、追い求めた

その結果、

今まで「楽しみ」や
人として最低限の身体機能を
失った自分が最も心が安定しているときは

人と話しているときだ

と気が付いたのだ

たちえ身体が動かなくても、

ベッドで寝たきりのときも

人が近くに居て、話すことができているとき

僕は一番生きている実感を感じる

人と話すことができること

それはその人とつながっている事を意味する

と僕は思う、

とういかこれは僕の実感だ

だからいつのまにか人との繋がりを大切にしたいという思いが

強烈に強くなっていったと思う

そして

人との繋がりを持つために必要なこと

人が僕と話をしてくれるために必要なこと

それはその人にとってどんな小さなことでもよいから

僕が「役に立つ人間」であることだ

と思うようになったのだと思う

それゆえ、

僕は障害者でも人の役に立つ人間であり続けたいと思うのだと思う

人とのつながりを持っていたいから・・

人とのつながりを切りたくないから・・

それはつまり

生きていたいから・・に他ならない

だからこれからも

この身体で人の役に立つ人間であり続けるためにはどうすれば良いのか

を考え続け、できることは実践していきたいと僕は思う

考えてみれば、そんな思い思い立った環境技術の普及サイトを立ち上げてから

というもの、以前の僕では考えられないような新たな人との繋がりを持つ事が

できるようになったではないか

再生可能エネルギー関連の技術開発をしておられる方々との繋がり

そしてまた、それを生かしたい、使いたいという方々

昔の僕では到底考えられないような人との繋がりを、今、僕は持つことができている

それもきっと僕自身が人と繋がっていたい(つまり生きていたい)という

強い思いがあったから、出会いを作ることができたのだろう

そんな意味で、僕は脳出血で障害者になったことによって

人間として大切なものは何かを教えてもらったような気がする

それは生きる意味=人とつながっていること

そしてそのためには

お互いが役に立つ相手であり続ける事が必要であること

そんな感じかな・・・

僕にとっての「生きる意味」って

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間の生き方

執筆者:

関連記事

no image

生きるために必要なものは、やはり希望と志

生きるために必要なものはやはり希望と志である 希望と志のない人生なんて死んだほうがマシ 「生きるために生きる」なんて生き方はしないほうがよい どうせ生きるなら希望と志を持とう。 「幸せになりたい」とい …

no image

逆境に立ってみて・・

人間は調子のいいときは、自分のことしか考えないものだ・・ 順風万帆とは言わないまでも、そこそこ物事がうまくいっていれば 何か自分も「できる人間ではないか」って勘違いするものだ ところが自分に不運がまわ …

no image

生きさせられているからこそ、生きなければならない

今日高野山に授戒に行ってきた・・半身麻痺という辛い状況の中、 何か少しでも辛さを乗り越えられるヒントになるものがあれば良いと思って・・ この授戒中は幾つかのお灯明が点いている他は窓も扉も全部閉められ、 …

no image

苦から逃れる術

僕の苦から逃れる術・・ それは僕の苦の根源が 病や障害そのものではないということから 病の治癒を、障害の克服を目標や希望にしても 苦から逃れることができないことに今頃気付いた。 病(障害を負った)の結 …

no image

生きなければならないから、希望を創る

希望って、、 やっぱり、 どこかに存在するものじゃなくて 自ら創るものだと思う どこかに存在するわけではないから 探すものでもない 何にも無いところから創るもの。 僕自身、脳卒中で倒れ、 障害者になっ …