身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

本当の友(パートナー)とは

投稿日:

困難な状況になって、初めて誰が敵だったのか、誰が味方の顔をしていたのか

そして、誰が本当の味方だったのかわかるものである

この言葉にが、誰の言葉だったのか知らないけれど、

この年になって痛感する言葉である。

実際のところ、本当の苦境になったとき、八方塞がりになり、絶体絶命という状況になったとき、ほとんどの、いや99%の人は保身に走るものだ。それは真実だと思う。

人間誰しも自分のみがいちばん大切、それは本能だから仕方がないと思う。
しかし、僕が問題だと思うのは、そんなとき一言で良いから

申し訳ない、君にはついていけない、ごめんなさいといったような

一言が欲しいものだ。

しかし残念ながら、順調な時にいわゆるきれいごとを言っているような人に限って

そのような苦境に立ったとき、なんにも言わず、それどころかこちらを罵倒して

この苦境はあなたのせいだと言わんばかりに、自分の責任は全くないと言って言い逃れをするように逃げるように、足で砂をかけるように踏みつけるようにして逃げていくような奴がいる。これは現実だと思う。

そしてこれはビジネスパートナーだけではなく、いわゆる人生のパートナーにおいても

同じことだと思う。

僕自身はその人がどんな人かを判断する1つの基準として

自分が間違ったときに、素直に、ごめんなさいと言える人かどうか

そして自分は不始末をして世話になったとき、素直にありがとうと言える人かどうか

といった所を見るようにしている。
いざというときに、逃げてしまい、裏切る人に限って、ごめんなさいとありがとうという言葉を本当に言わなければならない時に言うことができないものだと

ぼくは思っている。

このような言葉あくまでも僕の経験上からだけど、

少なくとも、僕にとっては絶対の真実なのだ。

(人生のパートナーとしても、ビジネスパートナーとしても)

本当の友と言える人とは素直にごめんなさいとありがとうを

言える人だと思っている。

 

振り返って、今回のアメリカの大統領選挙を見たとき

あのトランプは確かに暴言を吐いているけど、ビジネスでは成功している。
ビジネスで成功している限りは周りから信頼されているからこそ

成功できているのではないだろうか。

そういう意味ではパートナーとして一緒にやっていける人物ではないかと思っている

あの暴言も本音を言っているが、後から間違っていたとわかれば

彼は素直に間違っていたと言える人間ではないだろうかと感じるのだ。

あくまでもこれは僕の主観での判断だけれど、

これからどのような政策ができるのか見ていたいと思う。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間について

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