身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間の生き方

薄氷の心と体を支える家族のパワー

投稿日:

昨夜は心の何か限界に達したような気がする。

そして心の糸がプツンと切れたような気がする。

薄氷の様に薄くもろくなった心がボロボロとくだけてきたような気がする

そして一気に気力が萎えてしまった。

僕の心の限界が近いのかも・・

NPO法人の動きが良い方向に進みだしたとはいえ、

家計は火の車。

身体は毎日毎日朝から晩まで痛みと痺れに苛まれ闘い続けなければならない。

今朝は自分の心を自分なりに分析してみた。

何がそんなに辛いのか。

心のクラスターチェックかな

気力が萎えてしまった原因が心の論理エラーだけであってほしい

心自体のクラッシュでないことを祈る。

そんな思いで、ひたすら自分の心を見つめ直した。

しかしいつものようにうまく回復しない。

やはり何か限界にきているような気がする。

それは肉体的な痛みと痺れが原因なのか。。

それとも、体が不自由になってしまったことへのつらさが実ははまだ残っていて

ひたすら「もう受け入れることができた」と自分自身に偽っていたのかもしれない

その偽りの虚勢がストレスとなり溜まり続け臨界点まで来ていたのかもしれない。

そして、、、、、

今朝息子の顔を見たとき、「お早う」とお互い声をかけた

その瞬間だった。

壊れかけていた薄い氷のような心が一気にエネルギーをもらい厚くなりはじめ

前に向いて動き始めた。

そして元の自分に戻ったような気がする。

非科学的だけれども、子供の笑顔ってものすごいパワーをくれる。

なんだろう。あのパワー・・

まるで光輝くシャワーのように僕の心の汚れを笑い流してくれたような気がする。

そしてこのブログの記事を書く気力を与えてくれたと感じる。

やはり親子の「つながり」って大切だと思う。

人と人とのつながりはお互を見えない力で支え合っているような気がする。

そして最小単位の家族のつながりこそ心にパワーを与えてくれると感じる

薄氷のように薄くもろくなった僕の心を強靭にしてくれる

この世で最も理解しにくく扱いにくい「人の心」に簡単にパワーを与えてくれる。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間の生き方

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