身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間の生き方

生きる意味

投稿日:

「あなたは何のために生きていますか」
という問い掛けに対し明確に答えることの出来る人は少ないのではないでしょうか。

趣味に生きるとか、スポーツが大好きで、スポーツさえしていればそれで良い。
仕事が趣味、仕事に生きがいを感じ、死ぬ瞬間まで仕事をしていたい。
お金儲けが趣味そんな人もいるでしょう。
僕も健常者の頃、いろんな「楽しみ」がありました。
プールで思いっきり泳ぐ楽しみ
サッカーや野球をして汗をかく楽しみ
ジョギングをして汗をかく楽しみ。
沖縄に行ってスキューバダイビングをして水中写真を撮影する楽しみ
次に休みを取ったら何をしようかな。
時間とお金に余裕ができ、沖縄なんかに行けそうになればワクワクしたものだ。
でも、もうこれらの「楽しみ」はすべてあきらめなければならない状況になってしまった。
このブログにもある心臓に障害のある方からメッセージをいただきました

「障害を持つということは生きる上でたくさんのことを諦めなければならないですよね」
というメッセージだった。

僕もこの2年間で本当にたくさんのこと諦めた、いや諦めさせられた。
「もう2度とできないのか」と思った瞬間はとても辛かった。
「ではいろんな楽しみを諦めたあなたは何のために生きているのか」
というような問いに対してはっきりとこうこういうふうに答えるでしょう

「人と人とのつながりを持つため」「人とコミュニケーションをとるため」

「他の人と喜びを分かち合うため

いや、悲しみも、怒りも、失望も 嘆きもすべての喜怒哀楽を分かち合うため」

と明確に応えることができます。

それで充分なのです。僕自身が何ができるかなんてどうでも良くなってきています。
人と喜怒哀楽を分かち合うことこそ生きている意味なのではないかと僕は思っています。
人間は一人では生きている価値を感じることができないと思います。

孤独はいけない。

孤独は絶対にいけない。

僕は半身麻痺になり、リハビリ病院から自宅に戻ってきたとき何が1番つらかったといえば
それは孤独感だった。
もちろん、手が動かない。足が動かないそういうことに対するつらさももちろんあった。

でもそのことより、手足が不自由であることの結果として、外部とのコミュニケーションが断絶されてしまった状態が最もつらかった。リハビリ病院を退院当初、歩行可能距離は杖をつきながら何とか100メートルそこそこだった。どこか外出できるような歩行可能距離ではない
だからほとんど1日中に自宅に一人で居ることが多かった。
しかも立ち上がったり座ったりするという動作はかなりきつかったので、ついついベッドに寝転がりがちだった。1日中、部屋の天井を見て過ごすことも少なくなかった。
強烈な孤独感に襲われたのはこのときだった。

こんなに孤独なのであればもう生きていたくはないと感じた。誰かと談笑したかった。
障害によって失った機能のことについていっしょになげいてくれる人が欲しかった。
喜怒哀楽を共にする常に人が欲しい。
こんな感覚を持ったのは生まれてはじめてだった。

このとき初めて本当の意味で人間は孤独になってはいけないと思った。

今の世の中、電話、インターネット電車、飛行機、自動車、ありとあらゆる人と出会い、
コミュニケーションをとるための手段がこんなにたくさんあるのに孤独になる人存在する。
五体満足でどこでも行こうと思えばできる健常者にもかかわらず・・

そして自ら命を絶ってしまう。車の中で練炭自殺・・「孤独死」・・そういう記事よく見かける
経済的に追いつめられ、行き場を失い、あるいは何かの犯罪に手を染めてその自責の念から自ら
命を絶ってしまうというようなことであればまだ理解はできる。
しかしこれほどコミュニケーションツールがある世の中で、孤独のために命を絶つ人が存在する

なぜだろう。
情報が豊か過ぎるのではないだろうか。
テレビを見ていると一方的に入ってくる情報、聞きたくもない情報まで入ってくる。
やたらと不安を煽るだけの情報番組・・
そして自ら情報遮断してしまってはないだろうか。
情報だけでなく人間とのコミュニケーションまで遮断してしまってはないだろうか。
人と人とのコミュニケーションこそ生きている証であるのに・・

僕こう感じています。きっと自分の目標や志がないのではないだろう.

志があれば、志を実現するために必死で情報を集める。そしてそれは本当の本当に利用価値がある生の情報が必要になる。そうするとおのずと人とのコミュニケーションが必要になる。

志を持って人とコミュニケーションをすると、そのコミュニケーションの中で不思議と新たなものや新たなアイデアや新たな志が生まれてきたりする。これが楽しい。こんな楽しいことはない。
最も生きている実感が沸く瞬間だ。

昨日僕がとても勇気づけられる動画を発見した。

片手スネアドラムでロールしている動画である。
僕は高校時代からドラムもやっていました。
でも左手が麻痺してしまった今、もう、左手ではリズムを刻めなくなっている。
それでドラムも完全にあきらめていた。
1年前ごろは、あれほど練習したリズムを左手が忘れていることにショックを受けて、
悔しくて夜中に目が覚めて、必死で左手でリズムを刻もうとしたことがある。。

ドラムのロールとは、下記のようなた叩き方です。

ブラストの天才で世界的に有名な石川直君の動画です。
自分よりずっとずっと年下だけど、憧れの人です。

でも片手でスネアドラムでロールしている動画を見つけた。

もちろん両手を使える石川直君ほどではないけれども、片手でここまでできるんだ
と感激した。そして「諦める」ことを止め、右手片手で挑戦することに決めた。

また一つ新たな目標ができた。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間の生き方

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