身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

「病気」は理解される 障害は理解されないのかも?

投稿日:

最近思うのだが

身内にしろ、他人にしろ

自分が苦しんでいることを

どのようにどんなふうに苦しみを感じているかまでは良いけれど

(それは本人でないと理解するのは不可能だと思う)

少なくとも苦しいのか苦しくないのかさえ、

理解してもらえないほど辛いものはない

そして思うのだが

理解してもらえるのが「病気」であり、

理解されてもらえないのが「障害」ではないか

と最近、思うのだ

典型的なのが目に見えない障害と言われる精神障害

たとえばアスペルガー症候群

これだって外見からは全く障害を負っているいるなんてわからない

でも本人はととてつもなく苦しんでいる。

でも障害ってほとんどの場合苦しみの表情を見せることはない

なぜなら、24時間1分1秒苦しんでいるから・・

耐えているから・・

だから周囲の人は気付かない

もし24時間1分1秒大声を上げて苦しみもがいていたら、

周囲の人は不快なだけ

それがわかっているから・・

それに

大声を上げて苦しみもがいたところで

何も解決しないから・・

でも「病気」は違う

ほとんどが一過性のものだから

「早く治癒してほしいと訴え」苦しみもがく

熱も出る

脈拍異常も起こす

顔色も悪くなる

だから

周囲の人は少なくとも苦しいんだろうということは気付く

僕の半身不随だって

不自由だろうなとは気付くだろうけど

(心の中では一挙一動が不甲斐ないと感じていても)

それなりに行動しているから

苦しんでいるようには見えない。

この僕の半身不随で

なにが苦しいかって

不甲斐ないかって

日々の自宅での日常生活なのだ

・トイレ

・着替え

・入浴

・ちょっとした片付け

・ちょっとモノを取りたいとき

そんな健常ア社ならごく当たり前にできる

ことに失敗を繰り返す

何度も繰り返すから肉体的にも

精神的にも疲れてくる

例えばトイレ・・

トイレットペーパー・・片手で切るのはとてつもなく難しい

そして着替え

僕は重度の感覚障害もあるからズボンを履くとき麻痺側の左脚をズボンにいれるとき

左側に入っているか、右側に入っているか足でわからない

よく右側に左脚をいれてしまう

シャツにしても同じ・・

右袖mに左腕をい入れてしまう

でもその反対側に入れてしまった事に気付かない

もちろんそんな自分に腹が立つ、情けないと思う

そんなこんなで朝なんか、着替えだけで、小一時間かかる

トイレにしても

トイレットペーパーを切るという作業だけで

15、6分格闘?して

トイレットペーパーを撒き散らしてしまうことなんて

ザラだ・・

でもこんな苦労は誰も知らない

悔しい思いをしている事も誰もしらない

身内でさえも・・

そして誰にも見えない常時感じている痛みと痺れ・・

これも「病気」や「怪我」と違い、腫れも浮腫みもなく

血も出ていないから誰にもわからない

これがいわゆる「病気」とは違う「障害」というものだと感じる

「障害」は(苦しんでいることを)理解してもらえないことが多いと感じる

だから孤独感を感じる

でも、こんなひとり屈辱感を味わっているときこそが

自分にとっては本当はある意味「宝」ではないかと思えるときがある

なぜなら必死で乗り越えようと耐え忍び、

工夫する自分がそこにいるから・・

以前の自分より

はるかに成長した自分になれそうな気がするから・・

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

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