身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

夢や希望に執着せずに無我夢中に・・

投稿日:

釈迦(ブッダ)の仏教を一通り読み終えた・・

もちろんサンスクリット語ではない(無理だし・・)

日本語訳本である・・(^_^;)

でも今日は大きな成果を得た・・と思う

確かに釈迦の仏教は他の宗教(大乗仏教も含む)と違い

一切「神頼み(霊頼み)」する部分(善行すれば救われるとか)はない・・

ただ、ただ自己鍛錬あるのみである

そして、僕なりの得たもの(悟り?)は

僕の解釈では・・

夢や希望に執着しないこと

そして夢や希望に執着せずに無我夢中にになること

だ・・

思うがままにならないことを思うがままにしようとして

思うがままにならない・・

その状況こそが人間の苦であるという

人間には人それぞれそういう事(思うがままにしようとして思うがままにならない事)

がってたくさんある

経営者なら

社員を思うがままにしようとして思うがままにならない

売上を思うがままにしようとして思うがままにならない

或いは個人なら

恋人を妻を夫を思うがままにしようとして思うがままにならない

そして愛する自分の子供を(愛するがゆえに)思うがままに

(理想の子ども)しようとして思うがままにならない

僕の場合、左半身を思うがままに動かそうとして思うがままにならない・・

以前は思うがままに動いていたのに・・

それは今の僕にとって最大の苦である。

そして

思うがままにしようとでぃたいという気持ちは

人間(僕)の希望であり夢であり、人間(僕)の目標でもある

その夢や希望に向かって努力するが夢や希望、或いは目標に到達できない

だから人は苦しむ

なぜならそれは「夢や希望、或いは目標」への執着があるからだ

執着が人を苦しめる。。

だとしたら、

僕なりの結論は・・

夢や希望や目標に執着せず、捉われずに、

でも夢や希望や目標に執着せず向かって無我夢中に歩む事が大切なのだ

僕はその昔(中学生の頃)、水泳部に所属していた

当時の練習は厳しかった

一日1万5000mの練習だった・・

25mプールなら600往復である

練習の到達目標である1万5000mを意識すると、

泳いでも、泳いでもいつまでも「到達できない感」に襲われ苦しかった

でもときおり、そんな苦しむ僕がいつまでも目標練習量に到達できない無力感のようなものから

泳ぎに力が入ってこなくなると、それを見透かしたとように当時の監督は

僕をぷプールサイドに引っ張り上げ、往復ビンタと竹刀で太ももや背中を思い切り殴られたものだ

今なら暴力行為として大問題になるような「シゴキ方」だった。

余談になるけど、例の桜宮高校の暴力問題は、

僕はその根底には先生と生徒の信頼関係が無かったことが問題だと思う

ぼくは当時の監督を全面的に信頼していた、

だから往復ビンタで殴られようが、竹刀で殴られようが

その行為に対していわゆる「理不尽」は感じなかった

それどころか、
しなかなか目標練習量に到達できずに苦悶していた

僕の心に「喝」をいれてくれた事に感謝していたくらいだ

なぜなら、殴られる事によっって「執着していた」目標練習量に対する執着が

いつの間にか消え、つまり殴られることによって煩悩(早く練習を終わらせたいという煩悩)

を消してくれたように思う。

練習量の目標を忘れ、ただ正しい泳ぎ方で泳ぐことのみに無我夢中にさせてくれた・・

そうなると目標練習量に対する執着が消えた僕の心は

いつの間にか無我夢中状態で苦しんでいなかったように思う

そんなことを思い出しながら、苦の根源と言われる「執着」をなくすということは

夢や希望や目標を持ち、

でもその夢や希望や目標に捉われずに、

でも、夢や希望や目標に向かって無我夢中に努力することだということが

僕の中での結論になった・・

だから、日常の些細なことだけど

これまで健常者のときには最寄の駅まで歩くのに12~13分で歩けたが今は40分かかることに

苛立ちと怒りと悲しみを覚えたものだが、

駅まで12~13分で歩くと言う僕の理想であり、希望や目標に

捉われずにこれからはただひたすらに正しい歩き方だけを意識して歩きたいと思う。

しかし人にとって執着をなくすことって本当に難しいと思う。

いつまでも健康でいたいという望みさえ、病気になると執着になるのだ。だから苦しむ

人(部下や妻或いは恋人や息子)に対しても思ったような反応(行動)をしてほしい

という執着を持つから

その通りに行動してくれないと

怒り、悲しみ、怨み、結局自分の心を苦悩に陥れるのだ・・

スポーツ選手なら誰しも経験があると思うけど

1位になる、2位になる、何秒で走る、新記録を出すという目標は持つけれど

その目標を「達成したい」という「望み」を持った瞬間(たぶん目標に執着した瞬間)

に身体は急に緊張し始め、思い通りに動かなくなり苦しむ・・

それが心が執着た瞬間だと思う

目標は持っても、目標に執着してしまうと心身ともに苦しみ始める のだ。目標を達成したいという欲望(執着)を持つことは心のパワーにもなる反面、心の苦しみの原因にもなり得るのだ

難しいな・・人間の心って・・

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

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