身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間の生き方

因果応報か確率か

投稿日:

みなさんご存知の通り仏教には因果応報という言葉がある。

因果応報とは簡単に言えば

人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという

意味です。

僕的にどちらかというと理系的な視点から

「すべての(事象)結果には原因が存在する」という風に理解している。

つまりは現在の自分が存在するのは過去の行いの結果である。

ということです。

ビリヤードで例えると、突いた玉への角度や力によって転がる方向が決まり、結果としてどの玉が

穴に落ちる落ちないかが決まるのだ。

しかしこれとは真っ向から反対する理論が量子力学というものがあります。

量子力学では原因にかかわらず、全ての事象が確率の結果だということになっている。

これもビリヤードで例えると、突いた玉への角度や力には全く関係なく、どの球が穴に落ちるかは
すべて確率で決まるのだということになる。

アインシュタインはこれに対して猛反発している。

「すべての事象には必ず法則がある。神はサイコロをふらない」と言った

僕が脳出血で半身不随の将来性になり、自分の会社もなくし、無収入になり、
毎日苦しい思いをしなければならないのは何かの因果応報なのかと問い続けたこともある。

なぜ僕がこんな目にあわなければならないのか、

僕がなにか悪いことしたのか、

僕はただただがむしゃらに社長として頑張ってきただけじゃないか。

それでどこが悪いのだ。

等々自問自答したことがある。

でも・・・・

世の中が量子力学の理論通りに確率の世界であるならば、

そんなことをいくら考えても仕方がないことになる。

どんなに善行をしていたとしても、その人が酷い目にのかどうかは確率でしかないならば

原因をいくら考えても、何も解決策は見えてこないではないか。

だとしたら、過去の原因を考えたりすることよりも、これからの未来の「確率」を信じた方が、

前向きになれるのではないか・・

などという何とも言えない(ちょっとむなしさを覚えるような)考えの元に

過去を振り返らず、前を向いて未来を信じて生きた方が得だ。

などという思いにたどり着いてしまった(笑)

書いてみたけどこれって何か間違ってるような気がするなぁ、、、、(ーー;)

というか空しすぎる・・・

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間の生き方

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