身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

「ごめんなさい」より「ありがとう」

投稿日:

僕が脳出血で半身不随となり、会社の破産させ、自己破産し

自暴自棄になっていたころ、よく「ごめんなさい」という言葉を

頻繁に口にしていたように思う。

妻に対しては

僕がこんな体になってごめんね。

稼ぐことができなくなってごめんね。

こんな障害者と暮らさなければが長くなってごめんね。

息子に対して

お父さんがこんな体になってごめんね。

いっしょに遊ぶことができなくなってごめんね。

でも最近僕は周囲に対してできる限り「ありがとう」と言うようにしている。

例えば誰か(上司などに)に叱られたとき、

「すみませんでした」「ごめんなさい」という人が多いであろう。

でも「ごめんなさい」という言葉は「逃げ」になると思ったのです。

「ごめんなさい」という謝罪の言葉はいう方も言われる方も

ネガティブな気持ちになるものだと思うから。。。

だから叱れたときには「ありがとう」というのだ。

つまり叱ってくれてありがとう・・という意味で・・

「ありがとう」という言葉は人の心を前向きにさせると思う。

ただそれだけの言葉で人の心は前向きになれるような気がする。

だから

妻に対しては

僕といっしょに過ごしてくれて「ありがとう」

ほとんど収入もないのに家計をやり繰りしてくれて「ありがとう」

さらには

会社を破産させたときに債権者だった仕入先さんには債権放棄させて

しまったけれども、最近、知り合いの会社がも遅れていた伝統工芸品の

販売をやろうと言ってくれたとき、債権放棄させてさせてしまった仕入先さん

に再度取引をお願いしなければならなかった。

僕はその時仕入先さんに「あの時はすみませんでした」とは言わずに、

「あの時は債権放棄していただいてありがとうございました」

と言った。

たったそれだけの言葉で相手の声のトーンが柔らかくなった。

その場の雰囲気が前向きになってきたような気がした。

「また一緒に頑張ろう」という雰囲気になってきたように思う。

だから

電車などで僕に席を譲ってくれた方には

「すみません」ではなく「ありがとうございます」というようにしている。

「ありがとう」という言葉は人の心を前向きにさせる魔法の言葉のような気がする

「ありがとう」・・言葉だけで未来が明るく感じることができるのは僕だけだろうか

多くの人は苦しい時には「すみません」という言葉が増えてしまっていないだろうか。

だからこれからは逆に、苦しい時こそ「ありがとう」というようにしようと思う。

最後に神様へ・・

僕にこんな素晴らしい試練を与えてくれてありがとう。

おかげで人間が一回りも二回りも大きくなった気がします。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

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