身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

アンテナを伸ばせる人は何からでも「学ぶ」ことができる人

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昔、く有用な情報をつかむため、あるいはチャンスをつかむために常に情報のアンテナを伸ばしておきなさいなどといわれたものだ。

では「アンテナを伸ばす」ということはどういうことなのだろうか。

現代は情報過多の時代である。インターネット、テレビなどが猛烈に普及し、情報であふれかえっている。
にもかかわらず、チャンスになるような情報なんてそうそうあるものではない。
「何かチャンスはないか」と思って探しても、チャンスなんて絶対に見つかりません。

チャンスの情報をつかむためには、ある情報が耳に、目に入ってきた時にそれが自分にとってチャンスの情報なのかどうかを見極めることができる能力が必要になると思う。

その能力を高めるものは何なのか。
僕は志を持っているか否かであると思います。

「志」も持ってさえいれば、あらゆる情報からその「志」を達成するために役立つかどうかを判定し、
その情報から「志」に役立つ情報は自然に頭に入り込み「学ぶ」ことができると思う。

たとえば私は脳出血を発症してからこの2年間、後遺症を治癒したい一心でした。
ある意味脳の後遺症を回復させることが僕の大きな「志」の一つでもあった。

そうすると不思議なことに「脳」という言葉に非常に敏感に反応するようになるのだ。
そして「脳」に関するあらゆる情報が自分に役立つのだ。
脳について追求すれば追求するほど、その本質がだんだんと見えてくるようになり、
テレビでやっているような病気に関する情報でも、その情報の浅さとか深さが見えてくるようになり、
瞬時に、今の自分に必要な情報かどうか判断できるようになり、必要な情報だと思えば決してその情報に聞き入る。聞き入るだけでなく、どんどんその情報が「自分のもの」として消化されていくのだ。

この2年間で脳に関してなら、その辺の脳外科医よりも、ずっと知識があり、かつ「実体験」している
ために、その本質もできずっと理解できていると思っています。

要は、目的意識というか「志」のようなものも持っているか売っていないかで、情報から「学べる」かどうかが決まってくると思う。

そんなことからもやっぱり「志」のある人間とそうでない人間では、時間の経過するにつれ大きな差が出てくると思う。

「志」や目的意識なくして、有用な情報得るための「情報のアンテナ」なんて伸ばすことはできないh経ヘタにアンテナを伸ばして、やたらめったら情報を収集すると、今の世の中は情報があふれすぎていて頭が混乱してノイローゼになってしまうだろう。

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

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