身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

元IT系社長だった身体障害者岡下俊介の戯れ言ブログ

人間について

人間、走る必要なんてほとんどないのかも・・

投稿日:

脳出血で半身不随の障害者になってから、この6年

よく考えたら、一度も走っていないのだ・・

だって走れない身体だから・・当り前か

それにしても健常者の頃、僕はよく走っていたと思う

元々体力には自信がある方だったし

脚力もそこそこあった

仕事にしてもフットワークが良かったと思う。

そのせいか、よく走っていたと思う

でも、この6年全く走っていない・・

振り返っても走る必要もなかったし

そもそも走れない身体になったから

走れないことを前提に行動するし

スケジュールも組む

東京に出張など行くときには

事前にほぼ全ての行程(歩く道や場所)を

イメージトレーニングする。。

そしてすべての行程の時間をできる限り正確に予測する

その上で、50%近くの時間の余裕を取る

そんな風に自分なりに工夫してきた。

これまで大変だったのは

予期せぬ尿意くらいだ

これがまた大変だった記憶がある。。苦笑

どんなに膀胱が破裂しそうになったとしても

お手洗いに走ろうにも走れないのだから・・

ひたすら我慢するしかない

それくらいしか走れないことによる

困った事は思い出せない。

その他の事はほとんど

事前に予測できるから(予測して行動を計画していた)のだろう。

慌てて走る必要に迫れて困った記憶がない

例えば、電車が遅れても

遅れたと分かったときに、事前に訪問先に事情を説明し

遅れる旨を伝え、遅れて良ければ、遅れるし

ダメなら次の機会にとお願いすれば何も問題は起こらない。

良く考えてみたら、健常者のときは

電車が遅れても、何とかなるかも・・といい加減な気持ちで

タカをくくって、何もせず、

直前になり、慌てふためいていたような気がする。

こんな風になってみると慌てて走っている人が

なぜ走らなければならない状況になるのか

不思議になる

単に準備不足とか

予測が甘いだけじゃないのかなって

最近感じるのだ。。

そして

人間、よほどの想定外の事が起こらない限り

一生のうちに走る必要なんてほとんどないのかも・・ってね

投稿者プロフィール

岡下俊介
岡下俊介代表
京都の某経営コンサルタントに従事
神戸の中堅IT企業にてWEBシステム構築や各種企業向けシステム構築のプロジェクト・マネージャーとして従事
神戸にてIT起業を起業し、代表取締役に就任
その後リーマンショックの影響で業績が急激に低下しに起因し、
血圧上昇と同時に基礎疾患のモヤモヤ病により脳出血発症し、
左半身不随の障害者となり会社は廃業、自己破産して、一時絶望
2020年まで障害者枠で非正規雇用の契約社員にて様々な企業に従事
2021年に再起をかけ、半身不随の身体でも出来るビジネスと踏んで
プロコーチを目指しコーチングノウハウを修行
2022年個人事業主のプロコーチとして再スタート
現在、左半身不随障害者でも可能なあらゆる事業展開予定
座右の銘は平凡ですが「ネバーギブアップ」

現在、個人事業主として屋号セブンシーズネット代表
【事業】
海外向け日本刀ショッピングサイトの運営
ネットマーケティングコンサルティング
コーチング講座

-人間について

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